飼い主を待ち続けた二匹の犬、そして再会

ただ、二匹の飼い犬――2歳のシェットランド・シープドッグのトワと1歳のゴールデン・レトリバーのメロディーは、家の裏の犬小屋に繋がれたままになっていた。菊池さんは、地域一帯の家屋をなぎ倒し、車を軽々と運んでいく巨大津波に飼い犬がのみ込まれることを覚悟していた。
一方、菊池さんの20歳の娘は、地震が起きた時、勤め先の地元飲食店からバスで帰宅するところだった。地震で電線がバスの正面に垂れ下がり、乗客は次々とバスから降りた。
彼女は、近隣のいとこの家に急いで行き、家まで車で送ってくれないかと頼んだ。父への懇願の末にようやく飼った犬を何としても助けたかったからだ。
しかし、家まであと1キロ弱というところで、警官に車を止められた。警官は、津波が来るため、これ以上先には行けないと彼女に伝えた。
彼女は、ひとりで歩いて行くと言い張ったが、いとこは、もし行けば死んでしまう、と彼女を引き留めた。「もう絶望だった。犬が死んでしまうと思った」と彼女は言う。
しかし、トワとメロディーの行動は予期せぬものだった。彼らは、繋がれていた紐から何とか自由になり、外の階段を通って菊池家の2階に駆け上がった。彼らはそこで待ち続けたのだ。「どうやって生き延びたのか見当もつかない」と菊池さんは言う。
震災から2日後、家族が無事に再会した避難所から菊池さんは抜け出し、家に向かった。津波の水がまだ残る中、ゴム長靴を履いた菊池さんは、厚い泥に足元を取られながらもがれきに覆われた道路を歩いた。
家にたどり着き、私道の入り口をふさいでいた車の横を通った時、菊池さんは犬の鳴き声を聞いた。
「置き去りにしたことが悔やまれていたから、会えて嬉しかった」と菊池さん。彼は、犬に水と食料を与え、汚れを落とした後、家の中に入れた。
菊池さんは、娘が二匹の犬に会いたいだろうと思い、14日にまた、娘と二人で、厚い泥でぬかるむ同じ道のりを歩いた。菊池さんの娘は、ここは毎日、犬を散歩したところだと教えてくれた。
彼女の左側に目をやると、美しく手入れされた水田だったと思われる土地の真ん中に、潰れて平らになった屋根があった。
勤務先の建設会社のヘルメットをかぶり、つなぎの作業服姿の菊池さんは、赤いハローキティのキャリーバッグに赤いポリ容器を入れて先を歩く。車にガソリンが入っているかどうか見たいのだという。仙台地域ではガソリン供給が不足し、手に入れるための行列ができている。
「右の方に滑らないように。滑って沈んだら、助け出せない」と菊池さんが指さす先には、胸の高さまで来ている水位計の目盛があった。
菊池さんは、がれきの山を登りながら、生まれてから49年間、ここでずっと暮らしてきたが、この状況は想像をはるかに超えたものだと語った。
菊池家からさほど遠くない荒浜の海岸では、津波後、200人から300人の遺体が発見されている。
菊池さんによれば、地震ですぐに停電となったため、地震の40分後に津波が来たことを多くの人が知らなかったという。しかし、彼の近隣の160軒は、最悪の損壊を免れた。
菊池さんの家は、台所の床が水深2、3センチほどの泥水につかり、床には食器や食べ物、台所用品などが散乱している。しかし、菊池さんによると、家から道を少し下りたところでは多くの人が犠牲になった。幸いにも、地元の小学校が津波に流されず残り、生徒など400人がヘリコプターで救助されたという。
菊池さんの娘が家の前の道を入っていくや否や、シェットランド・シープドッグのトワは飛び跳ね、ドアを引っ掻き始めた。彼女がドアを開けると、泥をまだ所々に付けたトワが脚に飛びついてきた。トワよりも落ち着いた性格のメロディーは、家の中からさかんに吠えた。
たくさん糞をしただろう、と黙々と糞の始末をしている娘に菊池さんは言った。
彼女は、興奮でほおを紅潮させながら、犬に会えて本当に嬉しい、悲惨な出来事のなかのささやかな良いニュースだ、と言った。「父から犬が生きていると聞いた時、興奮した。あまりに辛い経験だったから、彼らに会えて幸せだ」。
菊池さんと娘さんは、これから毎日、家に戻って犬の世話をするつもりだ。避難所に犬を連れて行くことはしないという。
菊池さんは、「亡くなった人が大勢いるのだから、犬を持ち込みたいなどとわがままは言えない。わがままを言うことは、他人の悲しみに対して、思いやりに欠けることだ」と言った。
The Wall Street Journal, Japan Online Edition/Daisuke Wakabayashi and Eric Bellman
【THE WALL STREET JOURNAL】
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