電柱に救われた命「気がついたら上にいた」
とっさの行動をたたえられることもあるが「津波のことは早く忘れたい」。
心の傷は癒えていない。
大地震が発生した時、石曽根さんは軽トラックを運転して友人の家へ向かう途中だった。
自宅に引き返して被害がないことを確認すると、市内で経営するコンビニの状況を確認しようと車を走らせた。
宮古市役所前を通り過ぎた時、約100メートル先の海に黒い津波が押し寄せるのが見えた。
あわてて車をUターンさせたが、津波は一気に流れ込み、車は道路に満ちた水でふわりと浮いた。
何度キーを回してもエンジンがかからない。
車から飛び降り、走って逃げようとしたが、既に水はひざの高さまであり、転倒して全身がずぶぬれになった。
前方に見えた電柱にしがみつき、必死で登った。
「どうやって登ったかは記憶がない。気がついたら上にいたんです」。
地上から約5メートルの所で両手で電線をつかみ、両足を信号機のセンサー棒の上に乗せていた。
船、がれき、車、木材……。
眼下に、とぎれもなく押し寄せた。
車が電柱にぶつかり、衝撃でぐらぐら揺れた。
目の前の別の電柱は大きく傾いていた。
全身がぬれ、寒さと恐怖で体が震えた。
「生きろ!」。
50メートルほど離れた市役所分庁舎の屋上から声がした。
3時間ほどたっても救助はなく、日が暮れ始めた。
石曽根さんは電柱を下り、泳いで市役所分庁舎に向かうことにした。
体が冷え切っていたのか、水の中は暖かかった。
分庁舎3階にある会議室にたどり着き、立ち上がって自分の体重を感じた時、初めて「助かった」と感じた。
「電柱に登って助かった人だべ」
震災後、近くの居酒屋に行くと、周りにそう言われるようになった。
しかし、もし車を降りる時間が遅れたら、目の前に電柱がなかったら、電柱が倒れていたら……そう考えると、生き延びたのは運が良かっただけとしか思えない。
震災後、酒量が倍増し、倒れるまで飲むようになったという。
「あの時の恐怖は味わった人にしか分からない。人間の防衛本能なのかなあ。最近は当時のことを思い出さないようになりました」
(毎日新聞)

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